正月も終盤、冬休みの終わりの足音が聞こえてきた日。
ある一冊の本を手にした。
「
涼宮ハルヒの憂鬱
」である。
先日、ネットでアニメを見て、ちょっとハマってしまった話をしたが、まさかその時の自分が、文庫本に手を伸ばすとは思っても見なかった。
ちょっと魔が差したのか。
いや、文学作品として、読んでみたいという、一過性の衝動を押さえられなかったからだろう。それ以外で説明は僕自身、願い下げたい。
とはいえ、このシリーズ第1作目である
涼宮ハルヒの憂鬱
は、テレビアニメに完全再現されているので、すんなり読んでしまった。
原作のファンがアニメをどの程度再現されているのか‥という確認作業のように、僕にしてみれば、確認作業…というよりも、文章化されたそれは、暗記の作業に近い。
映像⇒文章。
その強靭なタッグによって、おそらく、当分の間は読み返す必要は無いぐらいに1度で頭に入ってしまった。
事実、計12時間かからなかった。
さて、脱線してしまったが本について話題を移す。
この本の特徴は、主人公であるキョンという男子高校生の主観で書かれている点である。
1人の主観によって書かれることで、複雑な内容も明瞭にしてくれる効果があり、
なにより、他人が何を考えているのかわからないという、現実に近い感覚を得ることができる。
この手法は、多くの推理小説に用いられている。
有名なのが「
シャーロックホームズ
」のシリーズである。
シャーロック・ホームズ
シリーズは、シャーロック・ホームズの助手という立場であるワトソン博士の主観でストーリーが展開する。
もちろん、ワトソンはホームズの行動を全て把握しているわけではなく、もちろん、彼の思考も、彼自身から聞いたものか、予想の範囲でしかとらえられていない。
僕が一番好きな「
バスカヴィル家の犬
」では、ワトソンとホームズが別行動をとるのだが、もちろんワトソンが単独行動中でホームズの行動が書かれていない。
この
涼宮ハルヒの憂鬱
でいうと、ホームズが涼宮ハルヒなのである。
世界的有名で人気作品の名探偵に例えてしまった彼女は、とてつもない能力を秘めている変わり者である。
一行でこの作品を言うならば、
涼宮ハルヒが宇宙人や未来人や超能力者や異世界人を探し出して一緒に遊ぶために設立した「SOS団(世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団)」を中心とした、非日常系学園ストーリー。
つまりはそういうことである。
第8回スニーカー大賞受賞作というだけあって、面白い。
色濃いキャラクターと思いもよらない展開。
できれば、アニメに出会う前に、その1ページ1ページを次へ次へと読み進めてみたかった。
手に取っておきたかった作品だと、僕は思っている。
その流れに乗って、現在はシリーズ3巻となる退屈に突入中〜。
2巻目の感想は近いうちにアップしたい、うんしたいなぁ(苦笑い)。
そうそう、先週なにをしたのか、忙しさでいい忘れていたので正解を言えば、「散髪」でした。
とはいえ、ちょっとしか変わってないし、雰囲気はそのまんまなので、周りは気がつかなかったのか、そういうことにわざわざ口出しをしない年齢なのか、特に反応はなし。
まぁ、僕自身、あまり言わないので、わざわざ相手に確認することもないので、ちと納得。